「明日からやる」を信じる勇気

「明日からやるから!」
そう言う我が子の言葉に、つい
「本当にやるの?」 「毎回そう言ってやらないじゃない」
なんて追い打ちをかけてしまったこと、ありませんか?
実はこれ、以前の私が毎日のように繰り返していた会話です。
「言っておかないと絶対にやらない」「約束を破られたら嫌だ」という親側の不安から、つい念押ししたり、疑うような言葉を投げかけたりしてしまっていたんですよね。
でも、ある時ハッと気づいたんです。
「念押しすればするほど、子どもはやる気を失っていくんじゃないか?」と。
今日は、私が「念押し」と「監視」を手放して、子どもを“あえて信じて任せる”ようにしたことで起きた変化についてお話しします。
「信用」と「本当の信頼」はちがう
私たちが普段「信じる」と言っていることの中に、実は「確認」や「条件付きの信用」が混ざっていないでしょうか。
- 「テストで良い点数を取るなら信じる」
- 「絶対やると確信できるから信じる」
これって、相手を信じているのではなく、ただ安全を確認して安心したいだけなんですよね。
本当の意味で誰かを信じるというのは、「どうなるか分からないけれど、この子には自分で解決する力がある」と決めて、未来にエイッと飛び込むことなんだと実感しました。
「本当にやるの?」と念押しするのは、言葉の裏で「私はあなたを信じていませんよ」とメッセージを送っているようなものだったんです。
あえて「釘を刺さない」という賭け
我が家でこんな出来事がありました。
普段、ゲームに夢中になると声をかけてもなかなか食卓に来ない子どもに、ある大切な日の前、こうお願いしてみたんです。
「今日は特別なお客さんが来るから、時間になったら一緒にご飯を食べてほしいんだ。協力してくれる?」
子どもは「わかった」と一言。
以前の私なら、当日になって「覚えている?」「ゲームやめなさいよ!」「約束したよね?」と何度も釘を刺していたはずです。
でもこの日は、「わかった」という言葉を最後にして、一切の念押しをやめてみました。
心の中では「本当に来るかな…」「やっぱりゲームに夢中になって放置されたらどうしよう…」とハラハラしっぱなし。正直、ギャンブルのような気分でした(笑)。
ですが、時間になると……
子どもは、何事もなかったかのようにすんなりゲームを終えて、自分の足で食卓についてくれたのです。
人を動かすのは「指示」ではなく「任された感覚」
後から分かったことですが、子どもは「任されている」「信じられている」と感じると、自分の言葉に責任を持とうとします。
逆に、親から口やかましく「約束守りなさいよ!」と言われると、たとえ動いたとしてもそれは「指示に従わされただけ」になってしまうんですよね。
- 子どもの課題(宿題や時間管理)に口を出さない
- 一度交わした約束なら、あえて確認しない
- 結果がどうあれ、本人の力を信じて見守る
「信じて待つ」というのは、口で言うほど簡単ではありません。親にとってもものすごく勇気がいりますし、時には裏切られて落ち込むこともあります。
でも、「あなたなら大丈夫」という態度を“口出ししないこと”で示していく。
その積み重ねこそが、子どもの自律心と、深い信頼関係を育てていくのだと感じています。
みなさんは最近、ご家族や身近な人に対して「つい念押ししたくなったけれど、グッとこらえた」という経験はありますか?