あなたは今、お子さんの未来を生きている・・・

おはようございます!

菜花です。

では早速、みなさんからのお便りをご紹介しましょう!

いつもメールをいただいて感謝しています。
ありがとうございます。
早速 宿題の答えですが 自己肯定感との違いが難しいです。
見当はずれの事を答えていたら申し訳ありません。
上手く答えになっていないかもしれませんが 人として当たり前の事を気をつけています。
・元気に挨拶をする。
・仕事は休まず遅刻はしない。
・信号は守る。
・まわりの人への感謝を忘れない。
・まずは自分で確かめてみる。
・学校は休まない。
など改めて考えてみましたが…
以前は周りの人が許せる事が人よりも頑固で許せなかったりしましたが 最近は自分と違う意見を受け入れられるようになってきました。
なので学校に行くのが当たり前だと考えていて行かないなんてありえない!と思っていました。
私を否定するなんて!と思っていた事もあります。本当に頑固なんです。
他の人を認めてあげる。
難しいですが 菜花先生の本に出会ってから少し それも出来るようになってきました。
娘の事ですが…
やっと…娘も自分の事を否定されたくない!と思っている事に気が付きました。
不登校になって四年です。
気が付くのが遅かったですね。
そして高める為に自分が興味ある事に挑戦しています。
そうする事で元気をもらってます。最近ボクシングを始めました。
まずは行動です。
自分を否定されたら まずその事を受け入れる。
そして相手も受け入れられる気持ちの余裕がある事でしょうか。
答えになってなくて すみません。
ようやく娘もパワーが溜まって来たようで一人で外出するようになりました。
相手を変えるなら まずは自分が変わらないとダメですね。
先生からのメールで元気が出ます。
ありがとうございます!
娘のパワーに負けないくらい私も楽しみたいです。
長々と申し訳ありませんでした。

★Yさん、がんばってますね!娘さんに人生の楽しみ方のお手本を見せてあげて下さいね!

菜花 俊 様
はじめまして。Hと申します。
お便り本当にありがとうございました。
まるで自分の事の様で、胸が詰まる思いでした。
あなたは悪くない、その短いひと言は今の私の心に真っ直ぐ突き刺さる慰めであり、大丈夫、立ち直りますよ、と言い切って下さるメッセージは、見出せなかった希望の光を与えて下さる様でした。
子供の困難は親を最も強く深くしてゆく時期なのでしょうか。
私の涙の裏で、子供自身もまた深い悲しみや涙を流し必死に堪えているのでしょうね。
その涙に値する笑顔を得る事が出来るよう頑張ります。

★Hさん、今、Hさんが体験していることは、将来、Hさんにとってもお子さんにとっても人生の宝になりますよ!

ご縁があって菜花先生の著書に巡り会い、メール配信もして頂き始めてから随分と時間が経ってしまったような気がします。
私の住んでいるところは福島県の○○市、いわき市出身の菜花先生とは、あの3.11以降は特に似たような背景を持っているのかなと感じています。
因みに、家の嫁さんもいわき市○○町出身で、○○町の辺りも何回も訪れています。
私共の息子は、3人姉弟の末っ子長男です。
一浪して入った関東方面の私立大学1年の11月頃から大学に行けなくなり、3.11以降は自宅アパートに引きこもってしまっていたようです。
鈍い親が息子の異変に気づいたのは、大学からの成績証明書でした。
毎週金曜日の勤務が終わった後、夜中に出発して、東北道・外環・首都高・東名を経由して、何度も、K県のアパートを訪れ話し合おうとしても話し合いにならず、日曜の夜、疲労困憊したまま地元に戻り、月曜からの仕事に向かう生活が続きました。
その間、私設の相談機関、何カ所かでカウンセリングを受けましたが、当然、五里霧中の状況が続いていました。
精神科受診も考えましたが、息子が首を縦に振る訳もなく、遠い福島から祈ることしかできませんでした。
そして息子は、2年次の10月に退学してしまいました。
自暴自棄気味に「休学や退学の手続きでキャンパスに行くのは嫌だ。このまま除籍になってもいい。」という息子に、(退学であれば、もしも、考えが変わった時に復学しやすいのは退学だろう。取得単位も活かせるだろう。)との考えから、父親の私が手続きしました。
その後、何回か、再受験や通信制大学入学を持ちかけても完全拒否が続き、本人の将来の生活のために、福島県他で不足している復興作業の働き手として使える「大型特殊免許取得」の話も軽く一蹴されてしまいました。
就業や今後の話となると、とたんに不機嫌になり、(未だ未だ、その時期じゃないんだろうな)と思わされてきました。
嫁さんと話し合い、
①本人を心配していることを伝えることと、食事をきちんと摂っているかが心配なので、月に一度ぐらいはアパートを訪問し、一緒に温泉に行ったりおいしいものを食べること。
②こちらからいろいろと質問や提案を持ちかけることはせずに、見守り、楽しい行事への誘い等を継続していくこととしたのです。
これまで、旅行は、石垣島や四国一周の旅行に3人(時に、娘を入れて4人)で、長野県・富山県旅行は祖母も入れて4人で行ってきました。
また、嫁さんの山登りの時のベース基地兼首都圏案内人として結構いい働きをしてくれています(父親の私は、90歳を越えた、私の実母とお留守番。)
但し、こちらからの電話にもメールにも殆ど反応してくれません。
何回か連絡を試み、ようやく電話が帰ってくるような状態です。
時折(よほどパワーが戻った時?)、祖母(私の母)に電話を掛けてよこすこともあるようです。
昨年6月に母方祖父が亡くなった時にも、何度連絡しても繋がらないため、「これから迎えに行く」とメールしてK県に向かい、渋る息子に「大好きなおじいちゃんが亡くなって、会えるのは最後になるよ。」と説得して、急いで喪服を誂えていわき市に向かったこともありました。
葬儀の時は、自ら判断して、落胆している祖母に付き添って、甲斐甲斐しく世話をしてくれていました。(優しい心がある)ことを嫁さんとも確認しました。
本人は、「知っている人と会うのが嫌だ」と言います。
盆や正月も、ズラシを入れて、みんなと同じ時期には帰省しません。
また、最近は、余り帰省したくないようなことも言います。
やはり、本人が言う通り、知っている人に会うことが辛いのだと思います。(自分だったら…)と考えると、気持ちは痛い程分かります。
以前は、(なんでこんなことに…)とばかり考えてしまっていましたが、親よりも本人が一番苦しいのだろうと考えることができるようになって来ました。
最近になって、アパートの部屋に変化が起きています。
退学近くの頃の部屋は、ベッドの周りはゴミだらけ、台所は洗っていない食器類と生ゴミの放置で、まるで生ゴミ屋敷状態。日当たりが悪いのは良くないとの母親の説得で何とか別のアパート探しに出掛け、たまたま入った不動産屋さんで、日当たりのいい物件に出会い契約、親子3人での引っ越しを下ものの、ゴミの始末をしたがらず、いつ行っても汚いだけの部屋が、昨年末辺りから、それなりに掃除されているようになってきました。
部屋を整理して、ソファを入れたりもした模様です。
レンタカーを借りて、誰かとドライブに出たことも、銀行からの取引明細で把握しました。(何か、前向きになる動きが出て来たようにも感じ取れます。)
息子の生活費は、給料日後に訪問する時には持参して手渡し、それ以外の時は郵貯銀行で振り込むことにしています。
私も退職して、市役所の嘱託で働く身になりました。金額は決して多くは送れません。
少ない金額をやりくりして、祖母からもらうお年玉や小遣いで補填しながらの生活だと思います。
嫁さんもあと3年で定年。私の嘱託勤務も残り3年。
なかなか追い風は吹いてきませんが、息子のことで嘆き悲しむことをせず、良い兆しを見つけて小さな幸せを感じながら、落ち込まずに生きていこうと思っています。
2人の娘は就職し、下の娘は東京で会社員、上の娘は、奇跡的に採用試験に合格し、この春から福島県に戻ってくることとなりました。
長々と駄文におつきあい頂き、有難うございました。
先生の励ましの言葉に、元気になるきっかけを頂いております。
有難うございます。

★Sさん、本当にがんばっておられますね。頭が下がります。Sさんの生き方、息子さんもきっと見ていますよ!

こんにちは。
自己重要感を高めたいと日々思ってますが、具体的に何をしていいやらと考えこんでしまいます。
でも、最近思うのは私がこの世に生きていられるのは誰からか必要とされているからなのかもと。
事実子供が不登校になってからたくさんの人が私に関わってくれました。
その人達に感謝することが実は自己重要感なのかもしれないと。
私が誰かにとって重要だから、私って自分が思っているよりもすごいんじゃないかしら?という感覚でしょうか?
なので、今は私に関わってくれている方達に感謝して、その方達がよろこんでくれることをするのが私なりの自己重要感を高めることかなと思います。

★Hさんは今も誰かを助けていますよ!そしてあなたの助けを待っている人がまだ沢山いますよ!

いつもメルマガ&宿題ありがとうございます。
いつも幸せでいたいし、笑顔でいたいと思うのですが……
いつもお母さんばかり動いてなんでもお母さんやんと愚痴を言ってしまっている自分がいます
先生のメルマガで、いつも気づかせて頂いて、笑顔で!!と自分に言い聞かせ、しんどくて、愚痴がでそうになったら、一人になれる場所を探して、落ち着く様になりました。
昨日、長男が仕事でしんどい事があったのかあたしに突っかかってきて、あたしも流しておけば良かったのに愚痴愚痴言ってしまいました
またやってしまったと落ち込んでいたところにこのメルマガが送られてきて、また気づかせて頂きました。
今から、笑顔を忘れず楽しく前向きな言葉で頑張ります。

★Kさん、がんばってますね!お家では笑顔で前向きに!
 がんばり過ぎて疲れたら、愚痴や泣き言はここで吐き出してくださいね!

いつもメール頂き、本当に感謝しております。
早くお便りしようと思いながらなかなかできませんでした。
何故なら私が菜花様の本を購入したのは私の娘(孫の女子が不登校です)の為でした。
昨年8月24日に本が届き一日で一気に読みました。
そして翌日、娘に是非読むようにと渡しました。
孫娘は中学1年生の5月に部活の仲間に無視されたと言って悩みそれ以来、登校出来なくなりました。
私は75歳ですが、私の子供時代には、子供どうしの喧嘩はよくありましたが、現在のような、いじめにより子供が精神を病み学校に行けなくなるようなことはなかったと記憶してます。
1年生の夏休み前までは、五月雨状態で通学しました。(孫娘が無視された事だけでそ
うなったかは分かりません、両親は学校の担任に相談しました)
以後私も不登校に関する勉強をいろいろしましたが、孫娘の対応の最善策など祖父の立場としてはないことが分かっただけでした。
親が子供とどう向き合うか、より良い家族をどう築いていくか、それしかないように思いました。
私自身は娘の支援役に徹するしかないようにも思いました。
私が孫娘のために、してやったことは一つだけです。
ある時、学校で好きな(尊敬)先生はいるか聞いたことが有りました。
即座に答えたのは3年生の担任(T先生)で、30代の○○の部活担当の先生でした。
早速、その先生宛に手紙を書きました。
内容は、無視されたことに悩んでいること、現在の様子等です。
手紙でお願いしたかったのは先生から孫娘に声をかけて欲しかったからです。
何故なら子供時代は好きな先生に声をかけられたり、褒められた時の嬉しさを思い出したからです。
投函しようとポストまで行きましたが、夏休みでも今の先生方は忙しく、きっと出勤されているだろうと思い手紙を持って尋ねました。
廊下をうろうろしている時に、偶然声をかけて頂いた方が、その先生でした。
1年生の夏休み以降は少しの間は教室にも入れました。
T先生が声をかけてくれた、門で偶然合った時教室まで一緒に行ってくれた等々嬉しそうに話をしてくれました。
立ち直れるかに見えましたが、間もなく特別教室(そのような生徒が5~6人いま
す)にしか行けなくなりました。
でも、T先生は私の手紙を校長先生に披露していただき、校長先生が特別教室の生徒達との交流を図りご指導いただきました。
お蔭様で孫娘も2年生になってからは休むこともなく教室で皆と一緒に過ごすことができるよ
うになりました。
しかし、そのような幸せな毎日は3年生の5月迄でした。
5月の修学旅行の班編成(男女3人ずつを1班で行動するそうです)で性格が強い女生徒と一緒
になり、班を変えて欲しいと、担任(若い女教師の方)に3回お願いしたのに取り合ってくれないとの理由から再度悩んでおりました。
そのことを校長先生が知り担任に協力をお願いし了承いただきました。
幸い修学旅行には、校長先生はもとより特別教室の先生やカウンセリングの先生のお蔭で行くことができました。
私は中学生の行事で修学旅行はとても重要視してましたので、行けたことに幸せな気持ちでいっぱいでした。
旅行も終わりほっとしておりましたが、6月からは教室に戻れなくなりました。
またも、五月雨状態の特別教室通いが始まりました。
3年生の最後の夏休みは、お互いに家も近い(徒歩4~5分)ので時々顏お見せてくれました。9月からは始業式に出席して以来通学した居りません。
1年生の時は行けない悔しさで泣いたりの生活が続きましたが、今は、もう開き直ったような感じです。
母親には高校でやり直したいと言っているそうです。
なにより、本人に笑顔が戻ってきたことです。
おかしいことに大声で笑ってる姿をみると、これで良しと思います。
先のことは分かりませんが、信じてやるしかないと考えます。
先生の本に「親の幸せな姿を見せる」とありましたが、私は何か新鮮さを感じ、母親
に是非実践して欲しいと言いました。
今では「働く事は楽しいんだよ」という姿を見せて呉れているようです。
私も娘夫婦のために人生の先輩として勉強しながら裏方で支援したつもりです。
沢山の本を貪り読みました、その中で感銘した文書や言葉を、文章にしたため娘たちに渡しました。
その内容をどう活用するかは両親に任せました。
本心とても疲れました。でも、母親も父親もかなり変ってくれたと思います。
もうすぐ、孫娘の中学生活も終わろうとしてます。
高校ではきっと楽しい青春を過ごしてくれると信じてます。
なぜなら、どのような状況時でも学校の主な行事(始業式・終業式・期末・中間テスト・ホワイトスクール・修学旅行等々)には全部自主的に参加したからです。
高校は自分で選考受験し1月○○日に合格通知を頂きました。
進学率や就職率が云々と言える学校ではありません、いろいろ悩みをかかえる生徒の学校
です。
最近、妻から言われました「孫娘の卒業式が終わったら校長先生にお礼に行きましょう」と、有りがたく思っております。
菜花先生には長い間本当に失礼しました。改めてお詫び申し上げます。
いつも、メールを頂く度に心が和らぎ、有りがたく思いました、そして元気をもらいました。

★Hさん、これからも娘さん夫婦、お孫さんに幸せのお手本を見せてあげてくださいね!

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